国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)のほか広島大学、横浜国立大学、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、九州大学、北海道大学、東北大学、京都大学、東京大学の研究グループは、小惑星探査機「はやぶさ2」が回収した「リュウグウ」の試料分析成果に関する新たな成果を発表した。
今回発表したのは、6つのサブチームからなる「はやぶさ2初期分析チーム」のうち2つで、可溶性有機物分析チームと固体有機物分析チーム。リュウグウ試料中の可溶性有機分子に関するものと、黒い固体有機物に関する研究成果が新たに発表された。
可溶性有機分子からは2万種の化合物が見つかり、リュウグウ表面でも低分子が塩(えん)として存在することが分かった。またアミノ酸も23種類見つかったが、そのうち6種類は左手型と右手型が等量見つかり、非生物的な合成プロセスによると推定された。
一方、有機物は主に黒くて石炭のような固体有機物が占めていた。地球が誕生したばかりのころには大量の小惑星や彗星が衝突していた。リュウグウのような小天体に含まれる有機物も「生命の材料」としてもたらされたと考えられている。
従来は具体的な生命の材料として、隕石に微量に含まれるアミノ酸、糖、核酸塩基などの生体関連分子が注目されてきた。だが今回の分析結果から、生命を構成する成分とは無関係に思えるような有機物が初期地球に大量にもたらされ、その後、地球上で熱水などと反応し、さらなる化学進化を経て、生命材料として利用できる分子に変化していくことによって、ハビタブル天体の形成に寄与した可能性があることが示唆された。炭素質小惑星の固体有機物はさまざまな分子を生み出すリザーバーとしての役割を担っていた可能性があるという。
論文はどちらも、米国の科学雑誌「Science」に掲載された。
- 炭素質小惑星リュウグウの試料中の可溶性有機分子
原題:Soluble organic molecules in samples of the carbonaceous asteroid (162173) Ryugu - 小惑星リュウグウ試料中の黒い固体有機物
原題:Macromolecular organic matter in samples of the asteroid (162173) Ryugu
記者説明会では、それぞれの論文について解説が行なわれた。
「リュウグウ」可溶性有機化合物を日米欧各国の研究チームが分析
まず、可溶性有機物に関する論文については、九州大学大学院理学研究院 地球惑星科学科 有機宇宙地球化学研究室教授の奈良岡浩氏が解説した。
炭素質隕石に含まれる多くの有機分子は原始地球上に運ばれて、生命誕生にいたる化学進化の材料物質となったという仮説がある。しかし、炭素質隕石の故郷と考えられる炭素質小惑星に、実際にどのような有機分子が存在するかは分かっていなかった。
研究グループは、小惑星探査機「はやぶさ2」が第1回目のタッチダウンで採取した小惑星リュウグウのサンプルを水や有機溶媒で抽出。可溶性有機化合物を日米欧各国の研究チームで分析した。
すると、炭素(C)、水素(H)、窒素(N)、酸素(O)、硫黄(S)の元素組成からなるアルコール可溶性の有機化合物分子が約2万種見つかった。具体的な有機化合物としてはアミノ酸やアミン、カルボン酸、炭化水素、含窒素環状化合物などが含まれていた。これは隕石に比べるとかなり多い。アミノ酸には右手構造(D-体)と左手構造(L-体)の光学異性体があるが、6種類は1:1の等量のラセミ体であり、非生物的に合成されたものと解釈された。
今回調べられた試料は、「はやぶさ2」第1回タッチダウンの「A0106」と呼ばれるサンプル。1個1個が1mm以下の粒からなる集合体(Aggregate)で、中には30nm以下の粒子もある。全体の重さは35mg。それに対して高分解能質量分析、クロマトグラフィー分析法を使って日本、米国、ドイツの大学・研究機関で解析した。
元素分析をしてみると、CHONSの存在量は重量にして約20wt%くらい入っており、安定同位体比を計測すると、地球上のものとは違い、重い同位体に富んでいて、最も始原的な隕石グループと言われる「CIコンドライト」に属する「Ivuna(イヴナ)タイプ」の炭素質隕石に似ていた(リュウグウは炭素質隕石、特にイヴナ型炭素質隕石から主に構成されていることが分かっている)。
精密質量測定をすることで、分子構造は分からないが、CHNOSがどのくらい入っているかを決めることはできる。2万種の化合物の中ではCHOS、CHNO、CHNOSなどが比較的多く、奈良岡氏によれば「特にSが入っている化合物が多かった。地球上ではこんなに硫黄化合物が出てくることはない」とのこと。
試料の炭素、水素、窒素量の分析結果を見ると、それぞれの点が、ある規則を持って並んでいるのが分かる。それは成因的に関連があることを示す。
リュウグウ母天体で水の影響があったことが明らかに
今回の分析結果は、色々な有機分子がリュウグウの表面に存在していたことを示している。クロマトグラフィーを使うことで、地球生命が用いるタンパク性アミノ酸のほか、非タンパク性アミノ酸も見つかった。そして右手構造と左手構造を持つアミノ酸は1:1の等量が存在した。地球生物のタンパク質合成には左手型(L-体)しか用いられないので、右手構造と左手構造が1:1ということは、このアミノ酸は生命にかかわらず宇宙で合成されたものであることを示している。
炭化水素としてはアルキルベンゼンや多環芳香族炭化水素であるナフタレン、フェナントレン、ピレン、フルオランテンなどが見出された。これらの存在パターンは地球上の熱水原油のパターンと似ており、リュウグウが太陽系形成初期の微惑星の一部だった時代の母天体上で、水の影響を受けていたと考えられる。
また、「A0080」という1mmくらいのリュウグウ試料の表面をメタノールスプレーを使ってその場分析すると、窒素を含む環状化合物など異なる有機分子が異なる空間分布で存在していることが分かった。これは、リュウグウの母天体上で水が動き、水と鉱物とが相互作用する中で有機化合物が分離した可能性が高いと考えられる。
これまで、小惑星の表面は紫外線や宇宙線など高エネルギー粒子が当たっているため、低分子化合物は破壊されているのではないかとも考えられていた。だが実際には低分子の有機物が存在していた。これは表面にあった無機金属と塩を作ることで守られていると考えられる。たとえば酢酸は地球表面では飛びやすいが、塩になると揮発しにくい。真空下でも塩になって守られているらしい。
発見されたアミノ酸がラセミ体だった今回の結果は「宇宙由来のアミノ酸が生命の材料になった」とするアイデア、いわゆるパンスペルミア説を支持しない。しかしながら小惑星からはさまざまな過程で物質が宇宙空間に放出される。表面に存在する有機分子が、地球など他の天体にそのまま運ばれる可能性は十分にあるという。「今後ももっと宇宙を探索すべきだ」と奈良岡氏は語った。
有機物の主要な割合を黒い固体有機物が占める
続く2本目は、広島大学先進理工系科学研究科 教授の薮田ひかる氏が解説した。薮田氏ら固体有機物分析チームは、小惑星リュウグウ試料中の固体有機物の化学組成、同位体組成、形態を分析した。
薮田氏らはリュウグウ試料(200~900μmサイズの微粒子37個)に対し2種類の分析を行なった。1つ目は微粒子に化学的処理を施さない非破壊分析。その結果、主要な割合を黒色の固体有機物が占めていることが分かった。
もう1つは試料を強い酸で処理し、残渣を分析する破壊分析だ。塩酸とフッ酸の混合溶液で1カ月間、繰り返し処理をすることで、大部分の無機物を溶かしてしまう。最終的に残った、強酸でも溶けない酸不溶性残渣を分析した。その分析結果と非破壊分析の結果はほぼ同じだったという。つまり、リュウグウ試料の有機物の主要な割合を黒い固体有機物が占めていたことになる。
では固体有機物を構成している化学物質は、どんなものだったのか。芳香族炭素、脂肪族炭素、ケトン基、カルボキシル基が無秩序に結合した芳香族性の高分子構造からなっていた。リュウグウ試料中の固体有機物の化学・同位体組成は、最も始源的なイブナ型炭素質隕石(CIコンドライト)や始原的なミゲイ型炭素質隕石(CMコンドライト)のものに似ていた。
一方で、リュウグウ試料の有機物は高温で加熱されていなかったことも分かった。これは、有機物が高温で加熱されて炭化すると生じる、グラファイトのような秩序だった構造が見られなかったため。リュウグウ試料の有機物は、母天体内部や天体衝突によって200℃を超える高温には加熱されなかったことを意味するという。
今回の小惑星リュウグウの試料の有機物は化学的、同位体的に、始原的な炭素質コンドライト隕石と似ていた。炭素質小惑星の有機物と直接的な関係が、初めて証明された。
リュウグウ母天体との水、鉱物、有機物の相互作用の証拠
さらに、リュウグウ試料(微粒子12個)の超薄切片(厚さ約100nm)を作製し、より空間分解能の高い放射光軟X線顕微鏡、透過型電子顕微鏡、AFM赤外顕微鏡による測定も行なった。すると、ナノメートルサイズの球状有機物(ナノグロビュール)や、薄く広がった不定形の有機物(diffuse carbon)が、層状ケイ酸塩や炭酸塩などの鉱物と混じり合って存在していた。
これらはリュウグウの母天体で、液体の水、前駆的な有機物、鉱物との化学反応(水質変成)で起こった証拠だと見られるという。
ナノグロビュール有機物は、芳香属炭素やカルボニル炭素に富み、薄く広がった有機物には始原的な炭素質隕石に含まれる酸不溶性有機物に似ているが、モレキュラーカーボネート(結晶性の炭酸塩鉱物ではない、分子状の炭酸塩前駆物質、または炭酸エステルと推測される分子)を含むことが分かった。リュウグウ試料の方が炭素質隕石よりも化学的、形態的に多様性があった。これはリュウグウ母天体で液体の水と有機物との反応がさまざまな条件で進行したことを示している。
薮田氏は電子顕微鏡で撮影された具体的な有機物の姿を示しながら解説した。ナノグロビュールには穴が空いているもの、空いていないもの、ソリッドのナノグロビュールが層状ケイ酸塩と共存したものなどがあったという。中には、組織が繊維状の層状ケイ酸塩のマトリックスの中に混ざるように有機物が分布、つまり内部に取り込まれているものもあったり、大きめのカルサイトの中に形の定まらない有機物が包有されている状態も観察されるなど、「多様な形態の有機物が多様な化学組成で見出された」と語った。
星間分子雲などの低温環境から水質変成を経て生じたリュウグウの有機物
続いて、固体有機物の同位体分析を行なった。微粒子試料、不溶性残渣のいずれからも重水素と窒素15が非常に高い領域とそうではない領域があった。重水素と窒素15に富む同位体組成は地球上の有機物には見られない、マイナス200℃以下の低温環境のみで生じることから、少なくとも一部は宇宙の極低温環境で生じたことが示された。「宇宙の極低温環境」とは、具体的には星間分子雲や原始惑星系円盤外側のことだ。
リュウグウはC型小惑星だ。ほかの太陽系小天体の有機物と比較したところ、リュウグウ試料を酸処理して得られた不溶性有機物は、水素同位体についても窒素同位体にしても、水質変成を経験した隕石と似ていて、逆に水質変成を経験していない隕石などとは似ていなかった。こういうことから、リュウグウの同位体組成も母天体で水との反応を受けて変成した結果であると解釈できる。
つまり、原始惑星系円盤の初期段階の始原小天体で生じた共通の前駆物質が、C型小惑星やD型小惑星で起こったような水との不均一な化学反応をリュウグウ母天体で経験し、さらに化学的、同位体的に変化した結果、リュウグウの有機物を生じたと考えられる。
リュウグウの進化にともなう固体有機物の形成と進化
リュウグウの進化に伴う固体有機物の形成と進化をまとめると、まず星間分子雲や原始惑星系円盤の外側で、それぞれの環境で前駆物質として有機物が形成される。そこでは重水素や窒素15が濃集あるいは枯渇した有機物が生じ、球状のナノグロビュールができたり窒素15に富む有機物が低温環境で作られる。
それらが母天体に取り込まれたあと、液体の水と反応して化学的に変化し、二次鉱物ができたりナノグロビュール中の芳香属炭素などの比が増え、同位体組成が変化する。その後、微惑星同士の衝突によってリュウグウ母天体が壊れたのだと考えられる。
太陽系科学の意義の1つは、生命起源の探索だ。C型小惑星リュウグウ、タギッシュレイク隕石のようなD型小惑星、「スターダスト計画」や惑星間塵、南極隕石などのかたちで入手できている彗星の有機物には、それぞれ共通点と相違点があった。これは原始惑星系円盤で生じた共通の前駆物質が、それぞれの微惑星に取り込まれたあと、化学反応して多様化していったのではないかと考えられる。
初期太陽系においては、隕石や彗星が惑星に衝突した際に、アミノ酸や塩基など生命の材料がもたらされたと考える説が主流になっている。今回の成果は、炭素質が主要な割合を占めるC型小惑星の黒い固体有機物のような、一見生命に関係ないように見える有機物も、アミノ酸などと一緒に初期地球に大量にもたらされて化学環境に影響を与え、「ハビタブル(生命が生存可能)な天体の形成に寄与したと考えられるものだ」という。
なお「はやぶさ2」のサンプルは貴重なので、サンプルの解析については、前述の可溶性有機物分析チームと共有しながら行なったとのこと。メンバーは40名以上。日本国内では各大学のほか、KEKのフォトンファクトリーのX線顕微鏡、「Spring-8」や分子科学研究所でも分析を行なった。
地球や生命の起源につながる重要な知見
今回の論文が掲載された「Science」は既報の3本の論文を含めて、「はやぶさ2」成果の特集号となっている。各分析チームが研究してきた太陽系の起源や生命の起源に繋がる「はやぶさ2」の成果については、今後、サンプルサイエンスの全体像をまとめて紹介する報告会を開く予定もあるとのことだ。地球や生命につながる重要な知見を今後も与えてくれるだろう。
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2023-02-23 19:00:00Z
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