13年前のこと、探査機カッシーニが土星の第5衛星レアのフライバイを行なった際に、レアから今まで見たことのない分光学的特徴が観測され、その後2011年にも同様の観測が認められました。つまり、レアに存在しているなにかしらの分子が紫外線を吸収した結果だと推測されたのですが、その分子の正体が解明されたのはつい最近になってからです。
先月『Science Advances』誌に掲載された研究論文によれば、その「なにか」とはヒドラジン(H2NNH2)だと考えられるそうです。
論文筆頭著者である英オープン大学の天文物理学者・Mark Elowitz教授は、「土星の衛星レアに抱水ヒドラジンが検知された可能性は、すなわち土星の衛星の氷の中にアンモニアが存在している可能性を示唆しています」とメールで説明してくれました。なんと「もしアンモニアが存在していれば、水氷の氷点を下げるので、レアの凍りついた地表の下に海が存在している可能性が高くなってきます」とのこと。
同じく土星の衛星であるエンケラドゥスとタイタンには海の存在がすでに確認されていますが、レアにも?
さまざまな可能性
なにかの間違いである可能性もあります。実は、カッシーニが宇宙空間を移動するために利用していた燃料がヒドラジンでした。ということは、カッシーニ自身が排出したヒドラジンをカッシーニに搭載されている望遠鏡が拾ってしまった可能性もゼロではないですね。しかし、レアのフライバイ中はヒドラジンスラスターを点火していなかったそうなので、可能性としては低いそう。
また、観測された紫外線の吸収帯がヒドラジン特有のものではなく塩素化合物だったかもしれない説も。ただし、化学的にはヒドラジンのほうがよりたやすく生成されるそうですし、もし塩素化合物だった場合は「レア内部に海が存在していることが条件となる」ため、よりハードルが高そうです。
いずれにせよ、レアでは有機物の生成が活発に行なわれていることがうかがえるそうです。
「ヒドラジンの存在は、レアの凍りついた地表面が化学工場のようになっていて、そこで複雑な分子が生成されていることを物語っています。生命の誕生に不可欠である生体分子も生成されていると考えられます」と論文共著者のBhalamurugan Sivaraman教授(インドのPhysical Research Laboratory Ahmedabadに所属)もメールで説明してくれました。
さらに、もしレアの地表の下に海が存在しているとなれば、生命が誕生しうる条件がもうひとつ増えることになります。
タイタンから飛来してきた可能性も
ところで、土星の第5衛星レアのすぐお隣りには第6衛星タイタンがあります。タイタンには窒素・メタンなどを主成分とした濃い大気が存在しており、この大気中のメタンと窒素が化学反応を起こして高分子有機化合物を生成していると考えられています。
もしかしたら、と研究者たちが考えた最後の可能性は、ヒドラジンがレアの地表面で生成されていなかったとしても、タイタンの大気から飛来してきたかも、と。
この仮説について、カリフォルニア工科大学の宇宙化学者で、研究には直接携わっていなかったOlivia Harper Wilkins教授は次のように説明してくれました。
タイタンの大気中で生成されたヒドラジンがレアに運ばれてきたという考えは、惑星系を形成している天体ひとつひとつが孤立して存在しているわけではないことを物語っています。
NASAが計画しているドラゴンフライ・ミッションによって、実際ヒドラジンがタイタンに由来するものなのか解明してくれることを期待しています。もしそうであれば、ヒドラジン以外の分子もレアやほかの衛星に運ばれていっているのかも気になりますね。
生命が誕生する条件となる化合物が天体から天体へと運ばれていく。そのようにして命の種そのものも天体から天体へ送りこまれているのかもしれないと思うと、宇宙というシステムの複雑さ、密接さにあらためて気づかされます。
ドラゴンフライ・ミッションがタイタンに送り込まれるのは2030年代。まだまだ先のことですが、真相が解明されるのが待ち遠しいかぎりです。
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2021-02-13 12:00:00Z
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