今から162年前のこと。
1859年9月1日の朝、当時アマチュア天文家だったリチャード・キャリントンは、望遠鏡を覗きながら空に「強烈に明るくて白い光」をふたつ発見しました。
キャリントンの観測後、世界中で電信の不具合が多発しました。その夜アメリカで空を見上げた人々は、北の空が妙に明るく照らし出されているのを確認したとニューヨークタイムズの記者が報告しています。
これこそが後に「キャリントン・イベント」と名付けられることになった観測史上最初で最大の太陽嵐でした。太陽嵐とは、太陽で発生した大規模な太陽フレアが膨大な量の太陽風を放出し、十数時間後には地磁気嵐となって地球や地球近傍の人工衛星などに被害をもたらす現象です。NASA曰く、「過去200年間でもっとも大きく、もっとも有名な宇宙天気事象」だったとか。
幸いにも、19世紀においては人々の生活への影響は限られていました。しかし、もし電力に頼りっぱなしの現代においてまた同規模の太陽嵐が勃発したら、その影響は計り知れません。
次のキャリントン・イベントはいつ来そうなんでしょうか? 専門家の意見をまとめてみました。
いつ来てもおかしくない
Scott McIntosh(アメリカ大気研究センター副所長)
難しい問題ですね。そして残念ながら、はっきりとした答えはありません。次の太陽嵐はいつ来てもおかしくはないものの、科学者間の意見は一致していません。
あえて正しさを追求するなら、「太陽に黒点が現れている間なら太陽嵐はいつでも起こりうる」が答えになるでしょうね。というのは、黒点周期の中でも大規模な太陽嵐が特に起こりやすい時間枠があって、大きな黒点が現れている時とは必ずしも一致しないからです。黒点の大きさは太陽嵐の出現と必ずしも関係ありません。ただ、黒点の複雑さとは関係しているようです。太陽嵐の大半は太陽の「デルタ」と呼ばれるエリア内で発生し、複雑にねじれた磁場の中から浮上して、短期間で莫大なエネルギーを宇宙空間にド派手にまき散らします。
なので、もしサイクル25(訳注:2020年から始まった現サイクル。黒点周期はおよそ11年)における黒点の活動が今後活発になれば、もしかしたらいずれかのタイミングで宇宙の花火が見られるかもしれません。ここ最近のパターンとしては、最も激しい黒点活動はサイクルが終わりに近づくとともに太陽の赤道付近で確認されています。そう、ここがまさにデルタエリアですね!
あと、太陽嵐が実際に起こるかどうかとは別に、もうひとつ考慮すべきは太陽嵐が地球にどのような影響を及ぼすかです。太陽の東側にはいわば「ストライクゾーン」のような領域があって、そこで発生した太陽フレアが地磁気に影響しやすいと言われています。なぜかというと、太陽フレアが太陽風を放出してから宇宙空間を渡って地球に届くまでにいくらか時間を要するためです。この制約があってこそ、地球はこれまで大きな被害を免れてきたのかもしれません。2012年の太陽フレアが幸いにもニアミスに終わったのは、このおかげかもしれません。
正直を言うと、宇宙天気予報の分野にはまだまだ発達の余地が残されています。太陽風、太陽フレア、コロナガスの噴出──これらについてはまだ知られていないことのほうが多いし、予測できるようになるまで時間がかかりそうです。私たちができることは、太陽系で今なにが起こっているかをスナップ写真に収めて、分析してみることぐらいなんです。
いずれ高度なコンピューターモデルを使って予測できるようになるかも
C. Alex Young(NASAゴダードスペースフライトセンター太陽系物理学部門サイエンス・アソシエイトディレクター)
何名かの科学者がキャリントン・イベントに匹敵する宇宙天気事象が発生する確率を統計的に試算しています。2012年にはライリー(Peter Riley)が今後10年以内にキャリントン・イベント並みの事象が発生する可能性を10%から12%程度だと推定しました。しかし、もっと最近では、統計的手法がより高度化したのもあってその確率は2%に近いと言われています。
2012年の試算において、仮説上の太陽嵐はひとつの独立した事象とみなされていました。実のところ、太陽フレアや地震などはその前後に起こった出来事と密接に関係しています。将来的にはこのような関係性を読み解くことでより確実に太陽フレアも予測できるようになるかもしれませんが、まだ時間がかかりそうです。
とは言いつつ、この分野におけるこれまでの発展には目覚ましいものがありました。今では物理学をベースとした高度なコンピューターモデルが開発されていますし、これらは地球やほかの太陽系内の惑星に影響を与えうる宇宙天気をある程度予測するのに役立っています。たとえば、コロナガスの大量噴出では太陽から何10、何100億トンものプラズマが一気に宇宙空間に放出されますが、こういった事象がいつ起こりやすいのかが予測しやすくなっています。
太陽の活動は、磁気エネルギーが解放される黒点領域の周辺で生じやすくなっています。ですから、これから何が起こるかを予測したければ、まずは黒点に焦点を当てる必要があります。黒点から太陽フレアが発生するかどうかを見極めるためには、まず黒点の大きさや形を観察し、それから過去のデータに似たような黒点があったかどうかを調べます。もし過去の類似したケースにおいて10回に9回は一定の規模の太陽フレアが発生した場合、それを計算上の確率として扱います。
まあ、これはほぼ数を数えるに等しく、科学に根ざしているわけではありませんね。実際は太陽フレアが発生する物理的な原理はもっとずっと複雑なんです。けれども、物理学の見識が蓄積されていくとともにより新しい、より正確なコンピューターモデルの併用が可能となってくるので、いつの日か非常に洗練されたモデルが開発され、太陽フレアを予測することが可能になるのかもしれません。それに、一般的には太陽フレアの規模が大きければ大きいほど放出される太陽風の量も多いので、そのような視点からもいつ太陽嵐が起こるかどうかを予測できるようになるかもしれませんね。
太陽嵐に関して知ることは、非常に重要です。太陽嵐は私たちが地球上で行っているコミュニケーション、または地球と人工衛星間で行なっているコミュニケーションを妨害してしまう可能性が大きいからです。極端な場合、送電網システムにも影響が出るかもしれません。現代のITインフラを考えると、もし今キャリントン・イベントのようなことが起こったら当時よりももっとずっとインパクトは大きいはずです。
幸いなことに、もし太陽嵐が大量の太陽風を放出しても地球まで到達するのに1〜3日ぐらいかかりますから、観測されてからインパクトまで多少の猶予はあります。まずはアメリカ海洋大気庁が航空会社や電力会社などの関連産業にアラートを発信し、地球になにが向かってきているかを周知するので、フライトをキャンセルするなり、電力グリッドの一部をパワーダウンするなりの対処を取ることは可能でしょう。
来るとしたらあと5年ぐらい?
Geoffrey Vasil(シドニー大学応用数学上級講師。専門分野は計算数学、流体力学、太陽物理学)
手短な答えは「誰にも確かなことはわからない」です。
もう少し説明すると、太陽嵐というのはほかの天変地異とさほど変わりません。ですから「次に太陽嵐が来るのはいつ?」と聞くのは、「次に地震がくるのはいつ?」と聞いているのとほぼ一緒です。または「500万人規模の都市にハリケーンが来るのはいつ?」、「次のパンデミックが来るのはいつ?」なども。これらの災害においては、時にその出来事が近づくにつれてより予測しやすくなるものもあります。たとえば、ハリケーンは上陸する前に速度を緩めるので、より正確に動きを把握することができますね。
太陽嵐もこれらとちょっと似ています。勃発してから地球に届くまで数日かかることもわかっています。ですが、予兆があるかどうかはまだわかっていません。
前回大規模な太陽嵐が地球を襲ったのは1859年でした。これが1000年に一度起こることなのか、それとも100年に一度なのかは知る由もありませんが、すでに機は熟しているのかもしれません。
太陽の活動についてもうひとつ言えることは、台風のように"季節"があって、フルの活動周期は11年です。嵐が発生しやすい季節が夏だとしたら、今は春。あと5年ぐらいしたら、太陽はもっとずっと活発になるでしょう。その時に次の大きな太陽嵐が起こる可能性は十分にあります。
しかし、もし起こったとしても、事前の準備さえ怠らなければ難を無傷で逃れられますし、それから次の太陽嵐は15年後に起こる、といったかんじで今後も続いていくでしょう。
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2021-09-25 13:00:00Z
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