Kamis, 11 Juni 2020

インターステラ稲川社長が語る「SpaceXの偉業を支えた“天才技術者”」 民間による有人宇宙飛行成功の原点とは? - ITmedia

 米国(以下、アメリカ)の宇宙ベンチャー・SpaceXは5月30日午後3時22分(日本時間31日午前4時22分)、フロリダ州のケネディ宇宙センターで、NASA(アメリカ航空宇宙局)の宇宙飛行士2人を乗せた宇宙船クルードラゴンの打ち上げに成功した。アメリカからの有人宇宙飛行は2011年のスペースシャトル以来9年ぶり。民間企業が開発を主導した有人宇宙船が国際宇宙ステーション(ISS)に接続するのは初めてのことだ。

phot 宇宙ベンチャー・SpaceXは5月30日(日本時間31日)、NASA(アメリカ航空宇宙局)の宇宙飛行士2人を乗せた宇宙船クルードラゴンの打ち上げに成功した(SpaceXのWebサイトより)

 この偉業を達成したSpaceXは2002年創業。創業者でCEOを務めるのは、米・電気自動車大手テスラのCEOでもあるイーロン・マスク氏。ケネディ宇宙センターで打ち上げ成功に喜ぶ姿が報じられた。

phot 創業者でCEOを務めるのは、米・電気自動車大手テスラのCEOでもあるイーロン・マスク氏が打ち上げ成功に喜んでいた(SpaceXのWebサイトより)

 この歴史的瞬間を、北海道大樹町の宇宙ベンチャー・インターステラテクノロジズ社長の稲川貴大氏は日本から見ていた。稲川氏は、「イーロン・マスク氏がクローズアップされているけれども、偉業の裏には“天才技術者”の存在があった」と指摘する。

 SpaceXと同じくベンチャーとして宇宙事業の発展を目指している稲川氏が率いるインターステラテクノロジズは、6月13日に観測ロケット「えんとつ町のプペル MOMO5号機」を打ち上げる。この打ち上げ成功の可否は、同社が定常的にロケットを打ち上げられるどうかを示すメルクマールとなり得るもので、事実上、商業化への道筋を示すものだ。

 まさに同社にとって「正念場」となるこの打ち上げを前にして、SpaceXの快挙を見つめた稲川氏にインタビューを実施。SpaceXの有人宇宙飛行成功の歴史的意義と偉業の背景を聞いた。

phot 稲川貴大(いながわ・たかひろ)インターステラテクノロジズ代表取締役社長。1987年埼玉県生まれ。大学院卒業後、大手光学メーカーへの入社を直前で辞退し、ロケット開発を手掛けるベンチャー企業「インターステラテクノロジズ」に入社。2014年には社長に就任し、会社や開発の指揮をとっている。小さいころからものづくりが好きで、高校時代には文化部のインターハイ(全国高等学校総合文化祭)に出場、大学時代にはサークルで人力飛行機をつくって飛ばす「鳥人間コンテスト」に熱中した経験も

「SpaceXがNASAを超えた」

 「SpaceXによる有人宇宙飛行の成功は、宇宙開発に取り組む関係者全員にとってショッキングな出来事です。何人かの関係者と話もしましたが、ショックが強すぎて逆に映像を見ることができないと話す人もいました(笑)。

 SpaceXが人を宇宙に運んだことで、宇宙業界にとってNASAがすごいというこれまでの世界を変えました。全てではないにせよ、一部においてSpaceXがNASAを超えたといえるでしょう」

 稲川氏は、SpaceXが有人の宇宙飛行を成功させたことを「歴史的な偉業」と興奮気味に話した。アポロ11号が有人の月面着陸を果たしたのは51年前の1969年。クルードラゴンは2011年に退役したスペースシャトル以来、アメリカでは5機目の有人宇宙船になる。

 クルードラゴンがこれまでと大きく違うのは、民間の宇宙ベンチャー主導で開発した宇宙船であることだ。これまでの有人の宇宙飛行は、国家が主導して実現してきたものだった。その変化を稲川氏は次のように解説する。

 「スペースシャトルがなぜ退役したかというと、有人宇宙飛行はとんでもなくお金がかかるため、NASAではもうできないという文脈があったからです。ところが、SpaceXは民間の努力によって、これまでよりも安く有人宇宙船を作ることを実現しました。NASAという公的機関ではなく、民間の力を活用した宇宙開発にシフトしたところに、アメリカのすごさがあると思います」

 クルードラゴンが打ち上げられたケネディ宇宙センターには、トランプ大統領も、ペンス副大統領も観覧に訪れた。その状況だけをとってみても、今回の打ち上げに対するアメリカ政府が分かる。

 「トランプ大統領が来ていたのは象徴的ですよね。アメリカはアポロ計画の頃から宇宙産業に多額の税金を投じてきました。アメリカはスペースシャトルまでは宇宙産業において偉大な存在でしたが、この9年間はロシアのソユーズでアメリカ人をISSに送るなど、偉大な存在とはいえませんでした。それが再び偉大な存在になったと言えます」

phot クルードラゴンが打ち上げられたケネディ宇宙センターには、トランプ大統領も、ペンス副大統領も観覧に来ていた(写真提供:ロイター)

 稲川氏が率いるインターステラテクノロジズは、5月2日に予定していた小型観測ロケットの「えんとつ町のプペル MOMO5号機」の打ち上げを、大樹町長からの強い要請によって延期した。ロケット打上げには最大限の新型コロナウイルス対策を講じる予定であったが、感染が広がっている状況下で、来町の自粛を呼びかけてもなお打ち上げを見に大樹町に多くの人が訪れるのではないかと、大樹町が危惧したためだった。

 一方のアメリカでは、大統領と副大統領が打ち上げを見守るため現地に足を運んだ。打ち上げの瞬間を見るトランプ大統領の後ろ姿の写真は、アメリカ国内だけでなく世界中に広く報じられた。宇宙開発は国家安全保障の面もある。有人宇宙飛行の成功は、近年ロシアの後塵を拝し、中国への危機感を感じていたアメリカが、トランプ大統領の掲げる「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」のスローガンに合致する快挙を成し遂げたことを、世界に強くアピールしたといえる。

 アメリカと日本の差は、あまりにも大きい。

成功の裏に天才技術者の存在

 クルードラゴンの成功によって、イーロン・マスク氏が脚光を浴びていることは当然といえる。ネット決済サービスのペイパルの前身になる会社を設立し、その会社を売却するなど、他の事業で築いた財産を投じて、2002年に創業したSpaceXを成長させてきたからだ。

phot ネット決済サービスのペイパルの前身になる会社を設立し、その会社を売却するなど、他の事業で築いた財産を投じてSpaceXを創業したイーロン・マスク氏(Wikipediaより)

 しかし、稲川氏はイーロン・マスク氏だけではこの偉業は達成できなかったと考えている。稲川氏が重要な人物としてあげるのが、トム・ミュラー氏。SpaceXに創業当時から参加し、副社長を経て、現在はアドバイザーの立場にある。

 「あまり語られる機会がありませんが、今回の打ち上げを成功に導いた重要な人物は、間違いなくトム・ミュラー氏です。SpaceXでロケットエンジンの主任設計者を務めていて、打ち上げに使われたファルコン9のMerlinというエンジンを開発しました。

 Merlinの何がすごいのかというと、圧倒的な安さです。スペースシャトルのメインエンジンは、1基あたり約55億円といわれていました。それが、Merlinは1億円程度と見られています。ロケットエンジンの原理原則は50年前から同じなので、安く開発できるところに、優れた技術力があります」

 トム・ミュラー氏は、アポロの月面着陸用のエンジンも開発していた自動車部品会社のTRWで研さんを積んだ。TRW在職中に週末を使い、1998年から2002年まではアマチュアのロケットグループに入って趣味としてロケットを開発。最大でも5メートル程度の小さなロケットの打ち上げに取り組んでいた。本職でも趣味でもロケット開発を続けていたのだ。

 その時にイーロン・マスク氏と出会った。自分なら安くロケットを作れるとイーロン・マスク氏に話し、さらにちょうど他の企業に買収されることになっていたTRWのチームを引き連れて、SpaceXの立ち上げに関わった。

 過去の宇宙開発の成功は、軍事技術によるところが大きい。ただしその裏には、必ず天才的な技術者の存在があったと稲川氏は説明する。

 「アポロ計画を主導したのは、フォン・ブラウンという科学者です。ヒトラーが率いるナチスドイツでロケットミサイルV−2の開発に関わり、第二次世界大戦後にアメリカに亡命して、ケネディ大統領のもとでアポロのエンジンを開発しました。

phot アポロ計画を主導したフォン・ブラウン(Wikipediaより)

 一方、旧ソ連では、世界で初めて大陸間弾道ミサイルを開発したセルゲイ・コロリョフが、ロケットの開発を担いました。世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げや、世界初の有人宇宙飛行を成功させています。コロリョフを重用したのは、旧ソ連の最高指導者だったフルシチョフ氏です。

 宇宙開発の偉業では指導者である政治家の名前が取り沙汰されますが、その成功を支えたのは“天才技術者”です。SpaceXの民間初の偉業も、“天才技術者”であるトム・ミュラー氏とイーロン・マスク氏の出会いがあったからこそ成し遂げられたのだと思います」

phot 世界で初めて大陸間弾道ミサイルを開発したセルゲイ・コロリョフ(Wikipediaより)

アマチュアでのロケット作りから夢の実現へ

 稲川氏は、トム・ミュラー氏に強くシンパシーを感じている部分がある。それはアマチュアとしてロケット開発を始めたことだ

 稲川氏自身、学生時代からアマチュアとしてロケット開発に取り組んでいた。東京工業大学と大学院でロボットを学びながら、独学で論文や本を読み、ロケットを作っていたという。インターステラテクノロジズに入社したのは2013年。同社で宇宙開発を進めていく中において、トム・ミュラー氏は大きな存在だったという。

 「自分で調べてトム・ミュラー氏の論文を読んでいました。追っかけのファンでした(笑)。90年代の後半には、ロケットエンジンをスペースシャトルの10分の1の値段で作れると論文で書いていて、未来を描いている人だと思っていました。それが有人宇宙飛行まで達成したのです。

 あまり発言をしない人ですが、先日の打ち上げ成功の時には『Sometimes dreams do come true!』とtweetしていました。夢は時々かなうということですね。アマチュアでロケットを開発しながら無謀ともいえる夢を見ていた人が、イーロン・マスク氏と出会い、時代が合ったことで、創業からわずか20年弱でその夢を実現しました。

 トム・ミュラー氏が短い期間で歴史的な成果を残したことは、非常に励みになります。同じやり方をすればわれわれにもできるはずです。もちろん、いまのSpaceXが完璧なわけではありません。彼らが達成したことを追いかけながら、どのように新しい形をつくっていけるかを考えていきたいと考えています」

日本でも民間のプレイヤーがもっと増えるべき

 アメリカとは大きな差があるとはいえ、日本でも民間企業による宇宙産業への参入は広がりつつある。日本では宇宙ベンチャーが2015年頃から増え始めて、現在は30社から40社ほどあると見られている。

 今年4月には、航空事業などを手掛けるヴァージングループ傘下のヴァージン・オービットが、航空機を利用した小型衛星の打ち上げ事業を大分県国東市にある大分空港で実施することが明らかになった。ヴァージン・オービットは2017年設立。大分空港からの打ち上げは22年から実施予定で、同じ事業をアメリカやイギリス(英国)でも展開する予定だ。

phot Virgin OrbitのWebサイト

 ヴァージン・オービットの事業は、インターステラテクノロジズが2023年頃の実用化を目指している小型衛星打ち上げロケット「ZERO」と競合する。それでも稲川氏は「民間のプレイヤーは増えるべき」と主張する。

 「民間のプレイヤーが増えること自体はいいことだと思います。航空機を利用した衛星の打ち上げには、いつでも打ち上げることができるという時間的な余裕や、打ち上げる方角の自由度があります。それに対して当社のZEROは、コスト競争力で分があると思っています。それぞれの特性から市場が分かれていくのではないでしょうか」

phot 2023年に打ち上げ予定の新型ロケット『ZERO』(インターステラテクノロジズ提供)

 一方で稲川氏は、宇宙関連の事業がもっと民間に任されることも必要だと話す。日本の宇宙開発はJAXA(宇宙航空研究開発機構)が最先端を担っているが、アメリカで有人宇宙飛行がNASAからSpaceXへと変わったように、日本でも民間の力を活用する時期にきているという。

 「最先端のことはJAXAでなければできませんし、打ち上げの技術、開発能力などは、当社はJAXAには太刀打ちできません。しかし、そのJAXAでもできないことはたくさんあります。有人宇宙飛行ロケットを作れないことも、その1つです。

 だからこそ、民間の力を活用することで、日本ならではの宇宙開発をもっとできるのではないでしょうか。民間に任される事業が増えれば、競争が促されて、開発費用が安くなります。政府やJAXAには民間をうまく使ってもらいたいと考えています」

phot 「民間に任される事業が増えれば、競争が促されて、開発費用が安くなる」と語る稲川氏と筆者(右)

新しい世代の育成が必要

 稲川氏は、日本では宇宙産業に対する一般の人の理解が、まだまだ進んでいないと感じている。気象衛星やGPSをはじめとして、生活に身近な技術はこれからも増えていくことが予想されるが、そのことを分かりやすく伝える情報が足りていないという。

 「日本人でGPSの原理を知っている人は少ないですし、気象衛星の重要さを分かっている人も多くないと思います。確かに難しい部分はあって、例えば自分の母親に説明しようと思うと、すごくハードルが高いのは事実です。

 とはいえ、宇宙開発に関することは、知ってもらえれば興味を持ってもらえると思っています。私も大学の講義などは可能な限り引き受けていますし、いい方法がないか模索をしています」

 稲川氏は、SpaceXがクルードラゴンを打ち上げる直前に、YouTubeに「ロケット大学 いなチャンネル」を開設した。最初にアップした動画では、SpaceXの有人宇宙飛行がどれほど意義のあることなのかを分かりやすく伝えた。一般の人にもっと宇宙事業のことを知ってもらいたいという思いだった。

 「JAXAは広報活動に多額の予算を計上しています。JAXAのYouTubeチャンネルには20万人が登録していて、ロケット打ち上げの映像はかなり再生されていますが、記者会見などの動画の再生回数は1万回前後です。

 YouTubeでは素人の方の動画でも、1万〜2万回再生されていますよね。当社のファウンダーの堀江貴文さんが宇宙関係の話をすると、10万回以上、再生されています。

 宇宙開発のニュースは、メディアではそれほど感度高く取り上げられていません。私は堀江さんのようにバズらないにせよ、自分でもYouTubeでファンづくりみたいなことができればと思って始めました」

 「いなチャンネル」の開設は、一般の人の理解を深めると同時に、人材育成の意味もある。アマチュアでロケットを開発していたトム・ミュラー氏が有人宇宙飛行を成功させた。稲川氏も独学でロケット開発を始め、2019年5月には小型観測ロケット「宇宙品質にシフト MOMO3号機」の宇宙到達を実現した。学ぶ場を増やすことで、新たな世代が育つことを期待している。

 「航空宇宙関係の知識はアクセスするのが大変です。大学だと、東京大学など旧帝大クラスに進学しなければ学ぶことはできません。私は宇宙関係の本流ではない大学に通っていたために、独学で知識を身につけるのに苦労しました。それだけに、知識を得られる高速道路の整備が必要だと思っています。

 多くの人に見てもらうことで、新たな世代を育成できるのではないでしょうか。宇宙産業が今後成長していくことは間違いないので、いまできることで時代を変えていきたいと思っています」

著者プロフィール

田中圭太郎(たなか けいたろう)

1973年生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。大分放送を経て2016年4月からフリーランス。雑誌・webで警察不祥事、労働問題、教育、政治、経済、パラリンピックなど幅広いテーマで執筆。「スポーツ報知大相撲ジャーナル」で相撲記事も担当。Webサイトはhttp://tanakakeitaro.link/。著書に『パラリンピックと日本 知られざる60年史』(集英社)


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2020-06-11 23:00:00Z
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