米マイクロソフトは、6月10日22時に同社のXboxポータルサイトを更新し、「What’s Next For Gaming」と題した、Xboxビジネスの最新事情に関する動画を掲載した。
ただしこの動画はゲームタイトルを紹介するものではない。そちらは6月14日2時に公開が予定されており、今回の情報発信は「マイクロソフトのゲーム事業」そのものに関する発表だ。
ビデオには、Xbox事業の責任者であるChief of Xboxのフィル・スペンサー氏はもちろん、米マイクロソフトCEOのサティア・ナデラ氏も登壇し、スペンサー氏ととともにゲーム事業への意気込みを語った。
クラウドゲーミングを日本でも年内に。ブラウザやテレビからプレイ
サティア・ナデラCEOは、同社のゲーム事業に関し「ゲームは我が社にとって基盤の一つだ」と語った。マイクロソフトのビジネスの軸がクラウドになって久しいが、ゲームにとってもそれは例外ではない。
今回同社は、ゲーム事業の成長軸を明確に「クラウドとサブスクリプション」、つまりAzureを活用したクラウドゲーミングと、サブスクリプションサービス「Xbox Game Pass」にある、と定めた。
具体的には次の6点が大きなトピックとなる。
・日本/オーストラリア/メキシコ/ブラジルで、年内に「Xbox Game Pass Ultimate」の契約者向けに、クラウドゲーミングを正式サービスとして開始
・Xbox Game Passの契約者は、ゲーム機に依存することなく、PCやタブレットなどでクラウドゲーミングにより、プレイ対象となる全てのゲームを楽しめる
・本日より数週間以内に、「ブラウザから直接クラウドゲーミング」機能を、Xbox Game Pass Ultimate契約者向けに開始。対象ブラウザーはEdge/Chrome/Safari。そのため、iPhoneを含めたあらゆるデバイスで、Xboxのクラウドゲーミングがプレイ可能になる。アクセス先は「xbox.com/play」
・テレビメーカーと協力し、テレビにコントローラーをつなぐだけでXboxのクラウドゲーミングが楽しめるようにする取り組みを開始中
・ゲーム機を買うことなく、安価に楽しめる「ストリーミング型クラウドゲーミング専用機」を開発中
・マイクロソフトのクラウドゲーミング基盤となるデバイスが、最新型である「Xbox Series X」をベースとしたものへと数週間以内に切り替えられる。切り替えが完了すると、ロード時間/フレームレートなど、Xbox Series Xのもつ利点がクラウドゲーミングでも体験可能になる
・顧客層拡大のため、デバイス/地域/経済状況を問わずに楽しめるような、Xbox Game Passの新しい形を模索中である
まさに「クラウドゲーミングへと全力投球」といっていい内容だ。
プレゼンテーションビデオの中では、SurfaceのようなハイエンドGPUを持たないビジネスPCや、テレビに「PlayStation 4用のDUALSHOCK 4」をつないでプレイしている人の姿も映っていた。
「(マイクロソフトの)コンソールは今世代でさらにシェアを拡大するだろう。同時に、PCも大きな市場がある。(クラウドゲーミングで)何億台とある低スペックなPCでも、AAAのゲームが楽しめるようになる」(スペンサー氏)
「Azureの力でゲームの力を専用デバイスから解き放つ。この約束を果たすために何年もの時間がかかったが、ウェブ閲覧用の安価なPCでもHaloが楽しめる」(米マイクロソフト・クラウドゲーミング担当チーフ・バイスプレジデントのカリーム・チャウドリー氏)
「コンソール向けには2億台から3億台。PCもそれと同じくらいの市場がある。だが、世界に数十億台あるモバイルデバイスはまだ手付かずの市場だ」(米マイクロソフト・Xbox事業 最高財務責任者のティム・スチュアート氏)
という言葉からも、ゲームを「月額課金+ハードを選ばないクラウドゲーミング」で提供することへの意欲がみて取れる。
以前からその方針は明らかであったが、今回マイクロソフトは、より明確に「ハードを超えて広くゲームが遊べる環境」を提供することをビジネスチャンスとする、と宣言した事になる。
その上での顧客基盤となるのが「Xbox Live」というネットワークサービスだ。Xbox Liveの上でつながるプレイヤー同士のコミュニティを重視し、コミュニティに属する人々がどこでも・どんなデバイスでも楽しめる方法論として「クラウドゲーミング」を軸にする……という発想である。
そのため、ビデオの冒頭でフィル・スペンサー氏はこう宣言した。
「過去に多くのゲーム会社が、特定のハードウェアに縛り付けることでプレイヤー同士の間に障壁を作ってきた。我々は違うアプローチを採る。ゲームというインタラクティブ・エンタテインメントにおいて、肝心なのはハードウェアやソフトウエアですらなく、ピクセル(画質)でもなく、人そのものだからだ」
「次世代」も開発開始。「ストリーミング専用機」も準備中
とはいうものの、ビジネス環境を考えた場合、クラウドゲーミングへの「全振り」はリスクも伴う。疑問を感じる部分もあるだろう。
今回同社はビデオの中で、そうした懸念について細かく回答している。
例えば「ハードウェア」。クラウドゲーミングが中心になるなら、家庭用ゲーム機を買う必要がなくなってしまうようにも思える。
だが、プラットフォーム担当副社長であるリズ・ハルメン氏は「ハードウェア(専用機)への投資は今も続いており、むしろ加速している」と説明、次のハードウェア・プラットフォームの開発が始まっていることを示唆した。
だが一方で「ただし、開発には数年がかかる」とも言う。最高の体験のために新しいハードウェアは作るが、継続して多くのユーザーを獲得するために、クラウドゲーミングに投資する……という流れだ。そのために、テレビメーカーとの連携や、「マイクロソフトの手による、安価なクラウドゲーミング専用デバイス」の開発が進められている。
良い体験という意味では、マイクロソフトはPCにも注力する。スペンサー氏はマイクロソフトが開発するゲームについて、「PCとコンソールで同時に出荷する」と明言した。理由は、PCでのゲームに対する売り上げが拡大しているからだ。「昨年は小売市場でのPCゲームの売り上げは、前年比で倍に伸びている。Steamも成長しており、来年もPC向けゲームは成長するだろう。ライバルのように数年後、ということではない」(スペンサー氏)と、ソニーとの戦略の違いを強調した。
その上で、より気軽にどこでもゲームを楽しめる要素としてクラウドゲーミングを位置づけ、現在獲得・拡大できていない市場への拡大を狙うわけだ。
ゲームの「サブスク」で機会拡大
もう一つの課題は、「ゲームにおけるサブスクリプション」の価値だ。
Xbox Game Passは、月額もしくは年額の形でマイクロソフトに利用料を支払うと、ライブラリーに登録されているゲームが「遊び放題」になる。
「もう1本のゲームを遊ぶのに60ドルを払う必要はない」とスペンサー氏は説明し、価値の大きさ・お得感を強調する。
一方、このビジネスモデルには疑問を投げかける声もある。特にゲーム業界やマスメディアからは、「定額制になってしまうとゲームからの収益が減り、成長が止まるのではないか」という疑問が上がっている。マイクロソフトもその点は理解しており、「誤解がある」(スペンサー氏)と切り出す。
マイクロソフトによれば、Xbox Game Passの契約者は「3割がより多くのゲームジャンルを楽しむようになり、4割がよりたくさんのゲームをプレイするようになり、9割が『Game Passが無ければプレイしようと考えなかったゲームタイトルをプレイしたことがある』と答えた」としている。
要は、サブスクリプションになってゲームを購入するハードルが「懐具合」ではなくなったため、いつもならプレイしないようなゲームでも試してみよう……という人が増えた、ということだ。これは、Netflixなどの映像配信におけるサブスクリプション・モデルでも起きた現象で、ゲームでも同様だった、ということだろう。ゲームをプレイする人が増えれば、サブリスクリプションで得た収入がゲームメーカーに還元されることになり、より多くのゲームメーカーにとって収益源が増える結果となる。
もう一つの懸念は、「トップタイトルが最初からサブスクリプションで提供されることで、ゲーム自体の売り上げが下がるのではないか」ということだ。
この点については、スペンサー氏は「Netflixと違うのは、一般市場も存在することだ」と説明する。
マイクロソフトによれば、スクウェア・エニックスが4月に発売した「Outriders」は、Game Passに収録されていて「遊び放題」であるものの、発売週にはXboxでのデジタルタイトル売り上げ1位、4月におけるデジタルタイトル売り上げトップ10に入ったという。
また、同じくGame Passに収録されている「MLB: The Show 21」は、Xboxにおけるスポーツタイトルの中でも、歴代2位の売り上げを見せているという。
マイクロソフトによれば、現在Game Passの契約者は1,800万人で、一定のボリュームに成長した。要は、サブスクによってプレイする人が増えることは「そのゲームが市場で目立つ」ことにつながり、結果として、Game Passに契約していない人の注目を集めて購入につながる……ということのようだ。
マイクロソフト自身が多数のゲームタイトルを開発しており、それらが「売れる」ことが収益に直接結びつく。
ゲームタイトル開発部門 Microsoft Game Studioを統括するマット・ブーティー氏は、「世界中の23ものスタジオがXbox向けのゲームを開発しており、四半期ごとにファーストパーティータイトルを1作Game Passに収録する」と話す。
自身が積極的に「Game Pass+単品小売」のモデルを広げることで、前述の懸念を払拭し、成功を目指しているのだ。
ゲーム開発基盤としての「Azure」の力
マイクロソフトにおける「クラウドとゲーム」の意味はもう一つある。開発基盤としてのクラウドだ。
現在のゲームは多くが運営型となっており、ユーザー管理やマッチング、さらにはゲームを改善していくためのアナリティクス取得など、クラウドサービスがあらゆる場面で「必須」となりつつある。マイクロソフトの「Game Platform for Azure」は多くの企業に採用されており、ゲーム運営基盤としてもメジャーなものの一つだ。
マイクロソフトは自社がゲームを作るだけでなく、「ゲームがクラウドを活用する」流れが広がるほど、収益基盤を拡大することになる。だからこそ、ナデラCEOは「Xbox」とともに「Azure」をゲームビジネスの柱として説明したのだ。
そうしたAzureを活用したゲームの最たるものが「Microsoft Flight Simulator」の最新版だ。
同ソフトはWindows登場の3年前から存在する、マイクロソフトの中でも最古参のゲームIPの1つだ。
マイクロソフトでAzure事業全体の責任者を務めるジェイソン・ザンダー氏は、「(Microsoft Flight Simulatorは)Azureを使い、2Dの画像から高精度の3Dデータを生成して背景に使っている。気象も再現できるようになった。しかも、そうしたことを低遅延で行なえるようになった」と説明する。
巨大な地形全体の情報を3D化するようなことは、ゲーム機や個人のもつPCでは難しい。その更新も難しい。だが、Azureというクラウドの持つパワーを活かせば、ゲームの中に「ローカルのハードウェアだけでは実現できない要素」を組み込んでいくことも可能になる。
Microsoft Flight Simulatorは人気のあるソフトだが、「Azureの力をゲームのクオリティアップに活かしたショーケース」としても、マイクロソフトにとっては大きな意味のあるタイトルである。
今回のビデオでは「ゲームタイトルの話はしない」ことになっていたが、最後に「例外」として、Xbox Series XおよびSeries S向けの「Microsoft Flight Simulator」の映像と発売日が公開になった。
発売日は「7月20日」。もちろん、Game Passでの「遊び放題」の対象だ。
クラウド+サブスクへの疑問払拭に務める。残るは「ゲームタイトル」
マイクロソフトはこのビデオによって、同社が「ゲームビジネスのルール」を変えようとしている、とアピールしたかったのだろう。それは確かに心躍ることだ。サブスクリプションはお得であり、熱心なゲーマーにとってありがたい存在であるのは間違いない。筆者もGame Passには加入し、その恩恵を受けている。クラウドゲーミングでスマホやゲーミングPC以外でのプレイが広がるのも重要だ。
ここで提示されたモデルは、どのゲーム会社にとっても「未来はそうなるし、総論としては賛成」という話かと思う。
ただ、各論では疑問が残ったままだ。
「本当にクラウドゲーミングで、多くのゲームファンに対し、遅延やプレイフィールを満足させられるかどうか」「年に数回しかゲームをしない大多数が、サブスクリプションのハードルを超えて契約に至るかどうか」「ハードウェア事業との投資のバランス、特にサーバーインフラへの投資負担をどう考えるか」など、答えが明確でない課題もある。また、サブスクリプションと単体販売のバランスについても、大ヒットタイトルを抱えるところほど「おっかなびっくり」な部分はあるかもしれない。
今回のビデオは、疑問全てに答えているわけではない、と筆者は感じた。しかし少なくとも「マイクロソフトは本気」であり、「その本気度が正しいものである」とゲーム業界に姿勢を示す、強い意思は明確に示された。
その意思を支えるのは魅力あるゲームタイトルであり、そのゲームを遊ぶプレイヤーのコミュニティだ。
その点は14日・2時の「Xbox & Bethesda Games Showcase」で確認したいと思う。
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2021-06-10 13:00:00Z
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