宇宙航空研究開発機構(JAXA)は7月22日、小惑星探査機「はやぶさ2」に関するオンライン記者説明会を開催し、地球帰還後に実施する拡張ミッションの検討状況について明らかにした。多くの候補天体の中から、これまでの検討によってすでに2案にまで絞られており、どちらにするかは今秋までに決定する予定だという。
地球帰還後、はやぶさ2の新たな旅が始まる
はやぶさ2は、12月6日に地球に帰還する予定。ここで再突入カプセルを無事に分離すれば、探査機のミッションは全て完了となるわけだが、はやぶさ2の機体は健全で推進剤も残っており、まだまだ使える状態だ。せっかく使えるなら別の天体に行って追加で探査をしよう――これが拡張ミッションである。
拡張ミッションを実施する場合、追加の運用経費は必要となるものの、新規のミッションを立ち上げるのに比べれば、遙かに低予算で科学的成果を得ることができる。また初期のミッションはすでに達成しており、いわば減価償却済み。失敗を恐れず、新しいことにもチャレンジしやすいと言える。
つまり拡張ミッションは、無事に任務を終えることができた探査機のみに与えられる“ご褒美”なのだ。世界的にはそれほど珍しくは無く、たとえば、米国の彗星探査機「Stardust」は同じようにサンプルリターン計画だったのだが、地球帰還後には別の彗星に向かい、探査を行っている。
では、はやぶさ2はどの天体に向かえば良いのか。選ぶときの基準となるのが、「工学的成立性」と「理学的価値」である。
工学的成立性は、「そこに到着できるのか」という話になる。地球帰還時、イオンエンジンの推進剤は55%程度が残る見込み。この推進剤の量で行くことができる天体というのが、議論のそもそもの大前提となる。また、軌道によって受ける熱や発電量が大きく変わるため、そういった面で問題が無いかも重要だ。
理学的価値は、「行く意義があるのか」ということだ。せっかく別の天体に到着しても、新しい発見が期待できなければ意味が無い。たとえばまだ誰も調べたことが無い天体など、科学的な面白さが何より重要だ。また、リュウグウ用に設計された観測装置で、十分な観測ができるかどうかも注目ポイントだろう。
この両面からスコア付けを行い、これまでに絞り込み作業を行った結果、上位2つとして残ったのが「2001 AV43」「1998 KY26」という小惑星である。
1万8002天体→2天体への絞り込み
天体の探査方法としては、すれ違うタイミングで観測するフライバイ探査と、速度を合わせて滞在するランデブー探査がある。フライバイの方が軌道設計は容易になるが、はやぶさ2はもともとランデブー探査向けの設計になっているため、拡張ミッションはまずランデブーを優先することとした。
はやぶさ2は地球帰還時、スイングバイによって、地球公転軌道の内側に向かうことが決まっている。ここから先、イオンエンジンによる軌道制御と地球・金星によるスイングバイを利用して到達可能な天体を探したところ、地球軌道を通過する小惑星と彗星約1万8002天体の中から、354天体が残った。
条件としては、なるべく推進剤は節約したいし、早く到着できる方が望ましい。到達は早い天体でも2026年末だったが、探査機の設計寿命を大きく超えての運用となるため、到着日は2031年末までとしたほか、太陽から遠すぎないこと、軌道が良く分かっていることなどを制約条件として、さらに絞り込みを行った。
その結果、残ったのが「2001 AV43」と「1998 KY26」である。
前者の案では、2024年8月に金星スイングバイした後、2回の地球スイングバイを行ってから、2029年11月に2001 AV43へ到着する予定。金星スイングバイ時、金星探査機「あかつき」の運用は終了しているはずなので、このタイミングで観測すれば、あかつきのデータを補完できる可能性がある。
一方後者の案では、2026年7月に別の小惑星「2001 CC21」をフライバイ観測してから、2回の地球スイングバイを経て、2031年7月に1998 KY26へ到着する。ミッション期間はやや長くなるものの、2つの小惑星を観測できるほか、1998 KY26はリュウグウと同じC型小惑星の可能性がある点も注目だ。
ところでこの2案以外の候補としては、火星を何度もフライバイ観測する案や、金星をフライバイ観測した後に木星へ向かう案もあったとか。はやぶさ2の太陽電池で活動できるのは火星軌道までのため、木星に行けても着いた頃には観測はできないものの、火星以遠は日本にとって未踏の領域であり、これも興味深い。
候補になっているのはどんな天体?
2001 AV43と1998 KY26。この2つの小惑星に共通するのは、非常に小さいことと、高速に自転していることだ。
これまで人類が近くから観測した小惑星は、はやぶさ初号機のイトカワや米国OSIRIS-RExのベンヌでも500mクラスだった。今回の候補2天体は30m~40m程度と見られ、到達できれば世界最小。吉川真ミッションマネージャは、「見たことが無いレベルの小ささで、研究者の立場としては本当に面白い」と興奮を隠さない。
200m以下の小惑星は、ほとんどが高速に自転しているのだが、候補2天体も周期10分程度と、かなり高速に回転している。ラブルパイル(集積型)天体の場合、自転が速いとバラバラになってしまうため、1枚岩の可能性が高いと考えられているが、本当にそうなのかどうかは、行ってみなければ分からない。
2天体とも、小惑星のタイプはまだ確定されていないものの、2001 AV43は岩石質のS型、1998 KY26は炭素質のC型の可能性があるとのこと。リュウグウもC型だったので、はやぶさ2の観測装置を最大限活用するという意味では、1998 KY26は有利かもしれない。
また小型の小惑星探査は、プラネタリー・ディフェンス(スペースガード)の面でも期待が大きいという。恐竜が絶滅したほどのサイズ(約10km)の隕石の衝突は滅多に起きるものではなく、慌てて対応を考える必要はないだろうが、この30m~40mクラスであれば100年~200年に1回程度の頻度で起こり得るので、危機としてはより「現実的」(吉川氏)だ。
このサイズでも、1908年のツングースカ大爆発や2013年のチェリャビンスク隕石のような大きな災害を引き起こすことが分かっている。将来、事前に災害が分かったときに、小惑星を破壊するのか軌道を変えるのかはともかく、まずはこのクラスの小惑星の素性を知っておくことが重要だろう。
今後、2つの候補からさらに1つを決めることになる。吉川氏は「どちらかを選べと言われても困るくらいどちらも面白い天体」と、研究者側からの悩ましい心情をコメントしていたが、読者の皆さんはどちらの方が気になるだろうか?
10年という年月自体が大きなチャレンジ
拡張ミッションの検討を開始する際、最初に津田雄一プロジェクトマネージャがイメージしていたのは「もっと大きな小惑星だった」という。予想に反し、到達できることが分かったのは小さな高速自転天体ばかりだったが、しかしこのことで「逆に魅力に気づかされた。人類未踏の新しい領域の探査ができると思った」という。
多数の候補の中から、2つにまで絞り込めたわけだが、この2つの候補が「ダントツで良かった」という。金星を通るコースで行けるのは2001 AV43のみだった一方、地球を通るコースには候補がたくさんあった。しかしその中でも1998 KY26は、軌道や自転周期などが良く分かっていて、科学的な面白さもあった。
しかし両候補とも、到着までにはさらに10年前後の長い年月がかかる。はやぶさ2は、地球帰還時で打ち上げからすでに6年。過酷な宇宙空間での長旅に耐えられるのか、寿命との勝負となる。
カギの1つはもちろんイオンエンジンである。推進剤は十分残っているとしても、途中で壊れたり性能が低下することもあり得る。耐久性は初号機より向上しており、運転時間は初号機より短いため、まだ余力はあるはずだが、10年も使えるかどうかは未知数。津田プロマネも「これ自身がデータ取りになる」との見方を示す。
やや気がかりなのは熱の問題だ。リュウグウの軌道が地球~火星間のため、はやぶさ2の熱設計はこれに適したようになっているが、地球帰還後は、初めてこの内側に向かうことになる。航法誘導制御を担当する三桝裕也・主任研究開発員によると、「熱設計ではかなり限界を超えている領域になる。何が起こるか解析しているところ」だという。
ある意味、拡張ミッションは目標天体に辿り着けただけでもラッキーと言えるが、それだけに、慎重に慎重を重ねた地球までの本来のミッションとは違い、何でも自由にやりやすい環境にある。津田プロマネも、新しいチャレンジを「どんどんやりたいと思っている」と目を輝かせる。
たとえば、はやぶさシリーズはターゲットマーカーを投下して、それを目印にしてタッチダウンする方式を採用しているが、高速自転天体は重力よりも遠心力の方が大きいため、表面に置くことができないと考えられる。ここで新しい方法を試せれば、将来のミッションの選択肢を増やすことに繋がる。
また、ホームポジションからの降下は、従来は地上からの支援を受ける「GCP-NAV」航法で行っていたが、将来的には、画像処理等により探査機が自律制御のみで降下する技術も必要だろう。「はやぶさ2はソフトウェアを自由に書き換えられる。通常の運用ではなかなかやれないが、この機能を使えば新しい挑戦がよりできるのでは」と期待した。
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2020-07-23 11:33:10Z
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